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真似されること、真似すること

2020年7月15日

真似される側と真似する側とはどういう関係性なのでしょう?
なんとなく真似される側がカッコいい!真似する側はダサい!とか思いますよね。

まず、なぜ真似されるのでしょうか?
・自分に無いもの(自分より優れているもの)を持っているから
・(自分より)うまくいっているように見えるから
やっぱ真似される方がいいのかも。

事業を経営していると当然ながら同業他社のことは気になるものです。
例えば飲食店だと競合店舗が新メニューや新しい割引サービスなどやってないか? 物販のお店だと目新しい商品などを販売していないか? ブティックとかだと新しいブランドの商品などを取り扱っていないか?など。そして結果うまくいっているようだと、真似しようとしてしまいます。
つまり真似されるということは、価値があることだと社会が認めたものです。

一方真似することは悪なのかというと、表面的な模倣には何の価値もありませんが、
本質の部分に気づいて模倣をするのであれば、まずは模倣から始めて、その本質から自分に合った形に変えていく。それは真似をするのではなく影響を受けたというようなものだと思います。
新しい何かを生むばかりではなく、何かを手本に変形や創造をする。
単なる真似では終わらないことが一番重要なのではと思います。

真似されるには常に新しい価値を提案することが必要。
真似するには表面的ではなくその本質を探ってアレンジされることが必要。

ただ物事の真似というものが進んで社会に広がると、
希少ではない=当たり前 になるので広がれば広がるほどその物事の価値は下がっていきます。
そして価値が下がっていくと今度は真似された(最初にアイデアなどを考えた)人などが、
当時の社会に合わせてまた新しい価値を生み出して、
生み出す〜広がる〜生み出す〜広がる、というように時代が繰り返し積み重ねられて
いるのではないでしょうか。
真似される側と真似する側が両方いるので、時代が繰り返し積み重ねられ
どんどんと価値観の進化が進んでいくのであれば、双方が重要な関係なのかもしれません。

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